土砂災害

土砂災害対策

藤谷の砂防ダム


県や市により砂防ダムや法枠施設の設置が行われ、 八木山火災(1978S53.4.22)と愛宕山火災(1979S54.3.27)の焼け跡は植林と土壌流失を防ぐ治山が行われている。

砂防ダムの設置を含む治山工事説明会 当時の資料 2002h14年頃

資料

藤谷の写真 2012h24年 尾根近くの上部までガレ場が続いており、谷部の木々は根が出てしまっている。

造成盛り土の液状化による擁壁破壊
国土交通省中部地方整備局
 ┗盛土造成地及び埋立地の耐震化と液状化対策


・住宅地の盛り土は他所からダンプカーで大量に持ち込まれており、これには赤茶色の粘土質の土が含まれている。 (テクノセンターがある須衛は古墳時代後期〜鎌倉時代の須恵器の生産地で、焼き物に使える粘土が取れる土地柄)
・盛土に含まれる粘土質の塊は水に入れるとドロドロに崩れる。(2014年に上池の水抜きを行った時の池の底に溜まったヘドロに似ている)
上池

・粘土質の様に粒が細かい土は、毛細管現象で地下の水が地表面まで吸い上げられ、冬季には霜柱で表土を耕し、寒さの厳しい地域では建物やインフラ設備を破壊する事例がある。
・粘土質の土や赤土は水捌けが悪く排水設備の障害(暗渠排水管を詰まらせる等)となり盛り土のヘドロ化を誘発する。

新池


・上池は宅地が造成される以前の明治24年の地形図には存在しており、清水谷→小学校北側の校舎近辺→上池→石亀神社の東隣に続く沢を堰き止めた溜池で、 上水道八木山低区配水池と小学校グラウンド南東の端を結んだ線の辺りが概ね過去の分水域となっており、つつじが丘1・2丁目となった場所に降った雨の多くが上池に流れ込んでいた。

(水門の管理は鵜沼西町で、かつてあった周辺の農地などに使われていた)
(宅地が造成される以前の上池は水浴びができるほど水質が良かった)
(市職員の話では小学校近辺の住宅は場所により7m以上の盛り土がされている)
(砂防関係区域台帳の清水谷の土石流流下中心線の下流は松が丘に向かっているが、清水谷の水は明治24年の地形図では上池に流入していた)

国土地理院ホームページ
 ┗地図・空中写真閲覧サービス
 航空写真1982s57年   昭和57年 火災被害、砂防ダム、上池と新池の濁りが確認し易い
 1975s50年10/06  昭和50年 造成直後 東寄り
 1975s50年10/06  昭和50年   〃  西寄り
 1973s48年09/16  造成中
 1972s47年10/02   〃
 1969s44年05/03
 1961s36年04/30
 1948s23年04/07  上池の西と北に農作地と思われる平場が続く
 1947s22年11/19  上池の水位が下がり雨水の流入跡が確認できる

関連事項

・強い雨や地震により脆弱となった山腹斜面は土砂災害が起こりやすくなり、地盤が安定するまで時間が掛かる。
・つつじが丘全域が砂防指定地(告示日は造成される前の1900年)となっている。砂防法は明治30年に施行され、土地の掘削、盛土、切土その他土地の現状を変更する行為が制限される。
・新興住宅地の土砂災害事例
 2014年 広島豪雨土砂災害  大雨による土砂災害被害状況の視察
 1985年 長野県 地附山 地すべり  当時の報道映像(NHK)
土砂災害に関連する動画 YouTube
土砂災害・過去の災害事例(岐阜県HP)